第13回 「文楽」鑑賞会
・日時:平成30年7月22日(日)午後2時〜6時
・会場:国立文楽劇場
・演目:・卅三間堂棟由来(さんじゅうさんけんどうむなぎのゆらい) 
               平太郎住家より木遣り音頭の段
            ・大塔宮曦鎧(おおとうのみやあさひのよろい)
               六波羅館の段 身替り音頭の段
・参加者 24名




文楽鑑賞会も回を重ねて今回で第13回目を迎えました。演目のあらすじを事前に勉強しておくことが、鑑賞をより充実させることだと気づき、最近は演目が決まればインターネットなどで事前勉強に努めています。特に文楽は全段を一度に上演されることはなく、一部の段の上演ですから、それまでのあらすじ、その後の展開を知らないまま見ると、登場人物の関係や話の筋を理解するのが大変です。
事前勉強に加えて、当日はやはりイヤホンガイドの利用がお奨めです。650円の出費で鑑賞が充実します。場面説明のほか、登場人物の頭(かしら)の解説などもあり、文楽の知識が深まります。それと、事後になりますが、当日の上演の床本付き解説書も劇場で購入して読むと「なるほど、あの場面はそういうことだったのか」など改めて分かり、床本を読むことで、場面場面を思い出し、鑑賞後も楽しめることになります。勿論、解説書は事前に購入し、知識を得た上で鑑賞するに越したことはありませんが、事後に読むことの楽しみもあると思います。
事前勉強、鑑賞、事後の復習で、年一度の文楽鑑賞の楽しみが一段と増えるということになります。
さて、今回の演目は下記でした。

・卅三間堂棟由来(さんじゅうさんけんどうむなぎのゆらい) 
 平太郎住家より木遣り音頭の段
・大塔宮曦鎧(おおとうのみやあさひのよろい)
 六波羅館の段 身替り音頭の段

今回も印象に残ったことを書いてみます。

卅三間堂棟由来
1. 連理の夫婦木と異種婚
お柳と平太郎は前世では、それぞれ、柳と梛の木で連理の夫婦だったのです。梛の木は一足先に横曽根平太郎という人間に生まれ変わり、前世の妻である柳の木が、切り倒されるところに遭遇しこれを助けます。柳の木の精はお柳という人間に姿を変え、平太郎との再会を待ち、再び夫婦になります。平太郎は、前世のことを何も知らないようです。
興味深いのは連理の枝と異種婚です。連理の枝と言えば思い出すのは、郷里松江の八重垣神社の玉椿です。神社と通りを挟んだ反対側にある連理の椿は相当古く、八重垣神社を訪れたハーンも「日本の面影」の中で詳しく書いています。この椿は、資生堂のロゴである「花椿」のモデルになっているそうで、現地の案内板にも由来が書かれています。
それにしても同種の木だけでなく異種の木同士が連理の枝になるという話は初めて知りました。
そして、木の精と人間の夫婦、考えてみれば日本には、異種婚の説話が多いことに思い至ります。一番古いところでは古事記に出てくる火遠理命(山幸彦)と豊玉姫。豊玉姫は出産の時、八尋和邇(やひろわに)に姿を変えました。また日本書紀の箸墓伝説は夫の方が三輪山の神様で蛇の化身でした。
お柳の口からも出ますが「安倍の童子が母上も…」の、安倍晴明の母親「葛の葉」は、信太の山の狐の化身だったという伝説があります。
また、木下順二の「夕鶴」の「おつう」(題材は「鶴の恩返し」)など数多くあります。
しかし、木の精と人間の組み合わせは珍しく感じました。

2. 和田四郎とは何者
和田四郎というヒール役が登場しますが、この人物が何者であるか解説書を読んでも分かりません。イヤホンガイドで何か説明があったような気がしますが覚えていません。床本を読むと、「山賊夜盗は仮の渡世、鹿島三郎義連なり」と名乗っており、れっきとした武士らしいのですが、どういう人物かは不明です。大体、この「卅三間堂棟由来」の大阪での上演で、和田四郎が登場するのは平成4年以来26年振りだとのことです。お柳に言い寄ったり、平太郎の母親を殺したりする、悪の権化のような人物です。しかし、一説によれば、和田四郎は三十三間堂の通し矢で天下一になった紀州藩の和佐大八郎から来ているとのことです。
そのような歴史上のヒーローがなぜこのような悪役で登場させられたのでしょうか。

3. パッとしない横曽根平太郎
主役の一人である横曽根平太郎ですが、なんともかっこよさがありません。第一に和田四郎から「畑泥棒をしただろう、証拠もある」と言ってねじ込まれた時、何も抗弁もしません。ということは、息子みどり丸と一緒に和田四郎の畑を荒らしたの事実なのでしょう。挙句の果てには白河法皇の使者から、母とお柳が受け取った褒美の大金を、母が平太郎の命と控えに差し出すのを止めもしません。さらに、柳の木の精である妻のお柳が、自分の本体であるその柳が、白河法皇の病気治癒のため切られることになった、そうすると自分もこの世にいられなくなるという話を切々と告白しているのに、酒を飲んでまともに取り合わない始末。それと、母の甘やかし方が尋常でありません。帰ってきた平太郎の足を洗ってやるやら、畑荒らしをしたことを咎めもしません。こういう育て方に問題あったのではと思ってしまいます。
なお、平太郎は鳥目の為、和田四郎との戦いでは苦戦しますが、熊野権現の加護で戦いの途中でよく見えるようになり、見事和田四郎を討ち果たします。最近「夜盲症」という言葉をあまり聞きませんが、当時は多かったのでしょうか。ビタミンAの摂取が足りないと症状が出るということでが、まさか、平太郎はビタミンAを多く含むと言われるニンジンやカボチャを手に入れようとして畑泥棒をしたわけではないでしょうね。
それにしても、白河法皇の病気治癒のためには、熊野の柳の木を切って法皇の前世の髑髏を取り出し、柳の木を切って三十三間堂の棟木にすべしと法皇に夢のお告げをしたのも、平太郎の眼を治したのも熊野権現、なんとも罪作りな権現様です。

4. 来世も夫婦に
お柳の本体である柳の大木は切り倒され、三十三間堂の棟木に使われるため京へ運ばれて行くという悲劇的な結末になりますが、前世とこの世と二度も夫婦になったお柳と平太郎、きっと来世でも夫婦になることだろうと思わせるのが救いでした。

大塔宮曦鎧
1. 文楽劇場での初上演
この作品の上演は明治25年を最後に途絶えており、平成25年に国立劇場で実に121年振りに復活上演され、文楽劇場での上演は今回が初めてだそうです。
まず「曦」という字、初めてお目にかかる漢字です。「あさひ」と読み、意味は「夜空を切り裂く、希望を齎す最初の光」だと知りました。
全5段のうち、今回の上演は鎌倉幕府の六波羅方の老武者、斉藤太郎左衛門一族の悲劇を描くものです。

2. 六波羅総大将常盤駿河守のお目出度さ
駿河守は隠岐に流されている後醍醐天皇の若宮の生母である三位の局に横恋慕しており、太郎左衛門に、恋の病にやつれていると臆面もなく訴えます。文の代わりに贈られた灯籠の絵柄などに込められた思いを、すべて自分に都合の良いように解釈して、有頂天になり、あとは直接会うだけと、三位の局を連れてくる使者の役を、こともあろうに太郎左衛門に頼みます。剛毅一筋の太郎左衛門、けんもほろろにこれを断ります。このあたりの対照的なふたりのやり取りが一番面白いところでした。そこへ、若宮と三位の局を預かっている永井右馬頭の妻花園が、三位の局から託された文代わりの灯籠と浴衣を持参します。浴衣の模様の帆掛け船を、自分に「ほ」の字の意味だと、勝手に解釈し浴衣に顔を埋めて悦に入る、これ以上ないお目出度さには呆れるほかありません。

3. 太郎左衛門の意外な風雅
花園は、天皇が隠岐から還幸を許されれば、局は駿河守の思い通り添うことができるでしょうと言います。そこで意外にも太郎左衛門は浴衣の絵柄から、百人一首や深草の少将の故事を持ち出し、すべて拒絶の意味だと断言します。皆が納得できる解釈であり、駿河守は一転して怒髪天を衝くような切れ方で、今宵子の刻までに若宮の首を切れと太郎左衛門に命じます。

4. 太郎左衛門の苦悩
大塔宮が鎌倉の北條家討伐の挙兵を極秘裏に進めていた時、太郎左衛門の娘は夫が大塔宮側であったので、太郎左衛門に宮側に付くように頼みますが、六波羅への忠義一徹の太郎左衛門は断り、事が顕れたため娘夫婦は非業の死を遂げます。二人の子である力若丸は太郎左衛門が引き取り育てます。
永井右馬頭の屋敷の庭で、町人の子も加わって踊りが催されています。子どもたちの輪に太郎左衛門が近づき、若宮を探します。恐ろしい出来事が忍び寄っているのも知らず、無心に踊りに興ずる子供たち。緊張感が伝わってきます。遂に太郎左衛門はひとりの子どもに切りつけます。しかし、若宮は無事です。そして、六波羅側ながら、天皇家を敬い、若宮に同情していた右馬頭夫妻は我が子鶴千代を若宮の身替りにして討たれるように図っていましたが、その鶴千代も無事です。
首を討たれたのは、なんと太郎左衛門の孫、非業の死を遂げた娘夫婦の遺児力若丸でした。
太郎左衛門は孫を若宮の身替りにして、娘夫婦の無念を晴らし名誉を挽回したのです。
ハラハラと落涙する太郎左衛門、忠義一筋と思える老武者にも、家族への情愛があったのです。それにしても辛い結末です。
永井右馬頭は、命を長らえた我が子鶴千代と共に仏門に入ることを決めます。「侍ならねば忠もいらず義もいらず二心と人も笑ふまじ…」の言葉は痛いほど共感できます。
力若丸の首は、太郎左衛門により、若宮の首として六波羅に届けられます。

当日の夜の部は、郷里島根にゆかりの素戔嗚尊と八岐大蛇の戦いを題材にした「日本振袖始」の上演がありました。鑑賞に心が動きましたが、体力的に厳しく見送りました。引き続き鑑賞した郷土愛の強い鶴羽孝子さん(22期)から、感想文をいただきましたので、こちらでお読みください。